川崎支部 アニマ書房 春田道博
 
 北海道の桜は5月連休頃に開花する。今では本州と同じ種類で、ソメイヨシ
ノや紅枝垂桜なども咲いているようだが、圧倒的に多いのは「エゾヤマザクラ
」である。
少年時代の私が家族とともに花見に出かけた時に眺めた桜は、このエゾヤマザ
クラであり、その当時はソメイヨシノなどはなかったように思う。
北国で冬の降雪と酷寒に耐えられる桜の品種は限られてしまうようだ。
そして私のなかの桜は、満開時の見事さ、華やかさの光景はない。
エゾヤマザクラの小さな花びらの、誠に貧相な風景でしかない。
その北海道から移り住んだ当座は、本州の木々は珍しかった。それが梅であっ
た。後に狭い我が家の庭に、近くの造園業者に頼んで白梅、紅梅をそれぞれ
一本づつ植えて貰った。
ところが植えて数年して判明したことは、この二本の梅はいずれも白梅であっ
たことだ。期待した紅い花びらの風景は幻に終わり今に到っている。
つまり造園業者が間違えたのである。時々家の近くで見かけるその造園業者に
出会った時は、苛めをするかのように「今年も紅梅の花は未だ咲かず」と口に
したものである。
特段、紅梅だけが良くて白梅は嫌だという理由もなかったから、その嫌がらせ
も後には止めた。その梅を植えた時に、同じ造園業者に甘夏の木も一本植えさ
せたのが嫌がらせを止める理由でもあった。
 
 我が家の斜面の庭に甘夏の木が実をつけるのは、2年毎である。いや、正確
に言うならば、隔年毎に大量の実をつけるのである。
その時は狂い咲きのように、一気に200ケ近い、またはそれ以上の大きな甘夏の
実がなるのである。大量に実をつけたその翌年は20数個で終わりである。
これが規則正しく繰り返されているから、不思議といえば実に不思議である。
甘夏がスーパーで1個100円前後で売られているのを3月半ば頃から見かけるが、
我が家の甘夏はスーパーで売られているそんな貧相なものではない。
私の眼には我が家の甘夏はスーパーのそれよりも1.3倍から1.5倍くらいの大
きさに見えて仕方がない。それほど大きくみずみずしいのである。
スーパーの甘夏をみて「なんでこんなのが100円もするの?」と秘かに冷笑して
いるのは嫌味だろうか。
これ以上言う果実農家には嫌がらせになるから謹んでおきたい。
ここで元機械メーカーの営業マンよろしく、我が家の甘夏を宣伝するとこうなる。
「この甘夏は無農薬、無肥料、ノーワックスです」・・・と。
つまり我が家の甘夏は植えて以来30年余り過ぎたが、未だかって農薬や肥料を
一度も与えたこともなく、果実農家が商品にすべくワックスを施したこともない。
つまり健康食品としてはこれ以上の質の高いものはないではないか、と考えている。
しかも私の足の太ももくらいの幹によくこんな沢山の甘夏がなるものだ、と感心
するばかりである。植物の恐ろしさを一面でみる想いでもある。
この甘夏を狙って、餌が乏しくなる2月頃から大小様々な野鳥たちがやって来る。
だか甘夏の分厚い皮に、鳥たちは太刀打ちできない。当然である。
ただ1度だけ推定20ケくらい盗まれたことがあった。
勿論、人間という動物に・・・、である。私は収穫時期に通りがかりの人が立ち
止まって、収穫を眺めていると、手に持てるくらいの甘夏を差し上げることに
してる。
 さて、3月末頃から4月にかけては甘みが増すころであり、この甘夏の収穫時
期である。なにせ斜面に植えられた木であるから、足場はお世辞にも良いとは
言えない。それでもせっかく実をつけたのであるから、1ケも残さずに収穫す
るのか私の礼儀作法である。収穫した甘夏は、同じ町内の隣接する方々へ、そ
の家の家族構成で考慮し、人数に合わせた数量を配るのである。家族が2人~3
人で10ケ程度。4人くらいであれば15ケくらいか。それ以上では20ケくらいと
なる。北海道の知人、親族へダンボールで送ったり、アニマ書房のお客さんや
友人へ届ける。届ける家は17軒くらいで、収穫後は届ける、送るで忙しい。
その時は「いつもの口上ですが、無農薬、無肥料、ノーワックスです。ただし
洗っていませんから、よく水洗いしてください。洗うのを怠り、病気でお亡く
なりなっても香典は出ません」と優しい言葉を添えることに努めている。受け
取られた方は、そのまま食するかママレードにして味わうようである。但し汚
染された大気のなかの果実であれば、表皮は多少黒ずんでいるところもある。
タワシで丹念洗うしかないが、綺麗にして食することも人間の営みである。
 
 この自然の恵みを享受することで、長生きすること必定である。ではこの木
のオーナーはどのくらい食するかというならば、決まって総数の1%つまり2
ケである。これ以上でもなく、これ以下でもない。
                              了